エチカ福島第7回を9月17日(土)に開催します。
よろしかったらぜひおいでください。

【テーマ】 沖縄と福島から〈責任〉を問う
      ―米軍基地と原発事故の〈責任〉とは何か―

【講 師】 新垣 毅(あらかき つよし)氏
      琉球新報社東京支社報道部記者

【日 時】 9月17日(土)
    14:00 開会・あいさつ・エチカ福島の趣旨説明
    14:10 今回のテーマ趣旨説明
    14:20 報告 新垣毅氏「沖縄から責任を呼びかける―沖縄米軍基地県外移設問題」
    15:20 休憩
    15:35 渡部 純(エチカ福島)「福島で責任に応えること/福島から責任を語ること」
    16:00 参加者全体での討議
    17:00 閉会

【会 場】 県立橘高校セミナーハウス(同窓会館)
       福島市宮下町7番41号

【参加費】 300円(飲料代・資料代込み)

【申 込】 不 要 

【連絡先】 ethicafukushima@gmail.com


【主催者】 エチカ福島 

        共同代表   渡部純(東京大学)、深瀬幸一(橘高校)、島貫真(湯本高校)、荒川信一(公立小学校)

        アドバイザー 小野原雅夫(福島大学教授)、丹治嘉彦(新潟大学教授)

 

<開催趣旨より>

あれから5年。
原発事故がなぜ引き起こされたのかという〈責任〉について、私たちはどのように考えてきたでしょうか。
なるほど、検察審査会は事業者である東電の刑事責任を問う起訴を決定し、その審理がこれから始まります。
しかし、「復興」が喧伝される一方で、市井のあいだで原発事故の〈責任〉を問うことは、どこか語りにくさを引きずったままです。

原発政策を推進してきた政治家・官僚の政治責任。
それを支持し、受け入れてきた市民の政治的責任。
科学者、メディア、教育の責任。電力を使用してきた受益者の責任、etc…。
たしかに、これらを問い直すことはお互いの「負い目」にふれざるを得ず、そのことが「寝た子を起こすな」とばかりに、私たちにこの事故の〈責任〉の語りにくさをもたらしている面があることは否めません。
いや、むしろ私たちはその語りにくさに甘んじながら、それと向き合い、問い直すことに目を背けることに慣れ切ってしまったのではないでしょうか。

これは福島だけの問題ではありません。
被害者(社会的弱者)が「負い目」によって自らの声を抑圧するだけでなく、それに乗じて加害者(社会的多数派)が自らの〈責任〉を見て見ぬふりをするさまは、これまで様々な構造的な暴力関係下でくり返されてきたことです。
しかし、人為的に破壊された共同体の傷は、その暴力の〈責任〉を問うことなしに修復されることはありません。
その意味で、私たちは原発事故の様々なレベルにおける〈責任〉を問い直す術を、勇気をもって学ばなければならないでしょう。

今回のエチカ福島では、その手がかりとして琉球新報社の新垣毅氏をお招きし、昨今の沖縄米軍基地問題の現状と県外移設問題についてお話しいただきます。
周知のとおり沖縄では米兵による犯罪が後を絶ちません。
そして、その我慢の臨界に達した翁長雄志沖縄県知事を代表とする沖縄の声は、米軍基地引き取りの〈責任〉を本土へ訴え続けています。
その呼びかけに対し、福島に生きる私たちはどう応えるべきか。
この沖縄からの呼びかけに対する応答を考えることは、重い問いを私たちに突きつけるでしょう。
しかしながら、その問いについて考えることは、とりもなおさず私たちが語りにくくなっている〈責任〉を、いかにして言葉にして語りうるものにするのか考えるヒントが含まれています。

〈責任〉を問うとは、その相手をバッシングして殲滅することでありません。
それは人為によって破壊された側の尊厳や社会的正義を回復させると同時に、将来、同じ失敗を二度とくり返さないために人間が考え出した術です。さらにいえば、それは暴力をふるわざるを得ない加害者と、それを被らざるを得ない被害者のあいだにある構造的な暴力関係から、お互いを解放させるための術でもあります。
第7回エチカ福島では、沖縄からの〈責任〉の呼びかけにいかに応えるかを考えるとともに、そこから福島で〈責任〉を語り出す意味を考える機会とさせていただきます。(文責 エチカ福島共同代表 渡部純)

今回のコーディネーター深瀬から、こんな文が届きました。
5月21日(土)14時〜福島県大沼郡金山町生活体験館で開催される

第6回エチカ福島「金山町で未来を、日本を考える(仮題)」

の趣意書です。
ぜひおいでください。そしていろいろ一緒に考えましょう。

-------------------------------

第6回エチカ福島が迫っている。5月21日、金山町。金山町は人口2000人強。高齢化率は60%に近い。僕がそこに暮らしていた30年前は30%で、その頃は日本社会を先取りしていると言われていた。同じ頃、都会ではバブルに浮かれていた。しかしこの町に暮らす僕たちは、真面目にこれからの僕たちの生活を見直さなければならないと思っていた。その頃若かった僕は、それはおカネというもの価値について考えることだと思った。
金山町は只見川沿いにある。只見川は戦後復興から経済成長をささえた電源開発の舞台である。只見町、金山町、三島町には巨大なダムが林立する。ダムができる前は、谷あいの寒村であったろう。狭い耕地に農作を行いつつ、木を育てて生活をしていたという。しかしダム建設はその生活を一変させる。ダム建設のために鉄路も作られ、それが只見線となる。新しい道路、新しいトンネルが作られる。そのための労働力が必要となり、町には多額のダムの補助金がもたらされ、人びとがここに集まって来た。やがて電源開発政策は原発にシフトしていく。工事の需要も減り、補助金も減額される。それに加えて、木材需要が輸入木材によって激減してしまう。かくして急激な過疎化が進んでいく。30年前には、三島町では付加価値のある木材を商品化しようと試みられていた。金山町のこの自然そのものを資源とした金山町の「自然教育村」という試みは、自然と自然に培われた生きる知恵に基づいた人々の生活、その蓄積としての歴史を、根無し草の都市生活者に「教育」をしてあげようという意味だと僕は解釈し、実に痛快に思った。どこの田舎も観光リゾート一色で、有り体に言えば、都市生活者の落とすカネをあてにしようといた。そういう試みの多くはバブルとともに潰えた。
さて、金山町の「自然教育村」はどうだったのだろうか。残念ながら目覚ましい成果を上げたという話は聞かない。しかし、僕はその考え方にこそこれから僕らが目指すべき社会のヒントがあると思う。
つまり、田舎にこそ人間の生活の豊かさがあるという発想である。もちろんその豊かさとはカネとは別の価値である。

金山町の人口は30年前に比べて3分の2に減少してしまった。ある時期、ダムやそれに関係する工事によって人口は急増したわけだが、現在の人口はダム以前の人口をも下まわってしまっている。ダムなどの工事やダムの補助金は、財政をバブルのように膨らましたただろうし、工事の労働賃金は農作や木材生産のもたらすカネとは比較にならなかったはずだ。それは町にとって間違いなく恩恵であった。しかし、やがて補助金というバブルも工事の需要もしぼんでしまった。これは金山町だけの話ではく、日本中の中山間地域をはじめとする、いわゆる田舎が抱える問題だ。田舎が自活する術を講じさせないような政策が続けられた。田舎の自治体の首長の多くが建設土木関係者であることは象徴的だ。しかし、おそらくは田舎の再生のカギは、建設や土木の需要をもたらす誘致ではないと思う。 

深瀬幸一(福島県立橘高等学校教諭)

--------------------------

第6回エチカ福島
 「金山で未来を、日本を考える(仮題)」

−豊かな自然と、歴史・文化の蓄積をどう活かすか
        金山町の「今」から見えてくる私たちの将来像−

というイベントを下記の通り開催します。

 金山町は、豊かな自然と、歴史と文化の蓄積を持っています。そこに生きることは、そこに息をするというだけではないし、そこに学ぶというのは単に知識を得るというだけではないはずです。
 今回のエチカ福島では押部邦昭さん(金山町HPの『金山町長期人口ビジョン』『金山町総合戦略』をまとめた役場復興政策課にお勤めの方です)にお話をうかがいます。

金山町が直面してきた人口減少という課題は、福島県そして日本が今向き合っている大きな困難の一つです。
一緒に金山から、福島のそして日本の未来について考えてみませんか。

ぜひこの機会に会津川口にお越し下さい。


期日:5月21日福島県大沼郡金山町の生活体験館
時間:14時〜17時
発表:押部邦昭さん
    (金山町HPの
    『金山町長期人口ビジョン』
    『金山町総合戦略』
    をまとめた役場復興政策課にお勤めの方です)
申込:不要。途中からの参加・退席もokです。
費用:資料および飲み物代として100円。
問い合わせ先:メール:ethicafukushima@gmail.com  エチカ福島代表 島貫 真

アクセス:電車なら会津若松から只見線で会津川口駅へ。
     クルマなら会津坂下I.C.から国道400号線で。

☆併せて、エチカ福島のメンバーが4月21日に視察してきた東京電力福島第一原子力発電所廃炉作業の報告もする予定。

 

2015年8月1日(土)13:30〜福島大学M2教室にて
エチカ第5回ワークショップ「教師の仕事を考える」
を開催します。

☆テーマ設定の趣旨

ふつうってなんだろう?
学力ってどういうこと?
土地に根ざす教育ってどうすればいいのだろう?

政治と教育、宗教と教育、そして何より学校制度と教育ってどんな関係なんだろう?……
教育を考えることは、私たちの「今」、そして歴史と未来を考えることそのもの。だから、切り口は無限にあります。

エチカ福島が<教育編第1回>として取り上げたいのは
差異(ちがい)と共同(つながり)
様々な差異を抱えつつ、教室で、そして地域で生徒と教師が共に生き、教育と向き合っていく……その課題と可能性を探ります。
-----------------------------------------------

☆実施要項
期日:2015年8月1日(土)
場所:福島大学 M2教室

日程: 開場13:00 開会13:30 閉会16:30

13:30-13:45 テーマ設定の趣旨説明(主催者)
13:45-14:15 報告1(小学校の現場より)
「地域に根ざす教師をめざして」

14:25-14:55 報告2(中学校の現場より)
「教育の湧き上がる場所」        
  ☆中学校の報告者は、短歌・俳句指導で全国NHKコンテスト学校賞を
受賞し、現在は特別支援コーディネーターをしている島貫妙子(い
わき市立平第三中学校教諭)。
小学校の報告者は、自らも障がいを持ちながら、地域教育を熱心に
実践している公立学校教諭。
いずれも現場の第一線で活躍している方からの報告です。
14:55-15:10 休憩
15:10-16:30 質疑および全体討議
                             (フロア全員による討論)
      司会:深瀬幸一(橘高校教諭)
                  助言:小野原雅夫(福島大学教授)

対象者:どなたでも(大学生・高校生も歓迎)
参加費:無料です
申込み:不要です(当日自由に参加できます)
-------------------------------------------------------

主催:エチカ福島    
共同代表 島貫 真(湯本高校)・深瀬幸一(橘高校)・渡部純(福島商業高校)・荒川信一(公立小学校)
                         アドバイザー 福島大学教授 小野原雅夫 新潟大学教授 丹治嘉彦
連絡先    電話:050-7120-4317 メール:ethicafukushima@gmail.com ホームページ:http://kitsuneinu.jugem.jp/

後援:福島大学人文社会学群人間発達文化学類        

ぜひ、ご参加くださいませ。

チラシはこちらです。
エチカ福島第5回 ワークショップ開催のご案内です。

テーマ「教師の仕事を考える」ー教育の課題と可能性を福島で探るー

日時 2015年8月1日(土)13:00〜16:30

場所 福島大学 M2教室(予定)

参加費 無料

日程
  13:00開場
  13:30趣旨説明
  13:45 報告1「地域に根ざした教育」 
  14:25 報告2「教育の湧き出る場所」 
  15:10 全体討議

参加者 どなたでも(大学生・高校生も大歓迎です。大学見学代わりに、あるいは教職のネタ準備にご利用ください)

参加申込み 不要です。当日ふらりとおいでください。

テーマ設定の趣旨

 教育は私たちにとって身近でありながら、何十年も前からの制度の中で受けていたり、成果を手にするのが10年20年後だったりそします。それぞれの違いを尊重する場所でもあり、共同性をはぐくむ場所でもありましょう。
 エチカ福島では、今後<教育編>として、教育の課題と可能性を継続的に考えていく予定です。

 今回はその<教育編第1回>として、「地域教育」と「特別支援」の実践をしている公立学校の先生をお呼びし、現場からの報告をいただいた後で、そのことについてフロア全体で討議していきたいと考えています。
 お二人の実践は東日本大震災や原発事故と直接の関係はありません。
 けれども、それぞれがここに「違い」を抱えたまま分断線を生きる経験と、同時に共同性・ネットワークの再構築をこの大震災以後に経験してきた私たちにとって、「地域」について考えること、個々の違いに応じた「支援」を考えること、は教育の今日的課題であると同時に、福島の「今」を生きる上で避けて通れない課題でもありましょう。

後半話し合いの時間も十分取ってあります。
ぜひよろしかったらご参加ください。高校生・大学生・一般の方・現職の教員、どなたでも大歓迎です。

 
第4回エチカ福島を開催します。

テーマは
「故郷は消滅するのか?」(仮題)
です。

福島に限らず、人口減少と高齢化、自治体サービス?インフラ整備メンテの限界が大きな課題となりつつあります。
私たちは、この問題を会津の金山町で考えて見たいと思います。これは単に会津の課題、というより福島の問題であり、実は日本の多くの地域が直面する困難、だと考えます。

地元の方の報告と参加をいだだきつつ、じっくり討議ができます。
遠方からの参加は大変ですが、ぜひ参加をご検討ください。


日時:2014年10月11日(土)14時〜17時
場所:生活体験館
(大沼郡金山町大字小栗山字上村1921)

☆お泊まりを希望の方はお早めにメールを下さい。二次会別で7000円ぐらい。スタッフと民宿同宿となります。数に限りはありますが可能な限り対応します。)

問い合わせのメールアドレスは
ethicafukushima@gmail.com

2013年12月21日(土)に桜の聖母短期大学で行われた

エチカ福島第3回セミナー佐藤和夫先生講演メモ

です。
例によって、個人的なメモにすぎませんから、当然間違いがたくさんあります。ご了承の上で参照を。


グラムシ「現状を話していくとペシミズムになる」
なるほど事実(の情報)を流せば流すほど変われないと思う。ペシミズムになる。しかしそのこととオプティミズムは両立する。
3:11のとき、ボリビアにいた。チェ・ゲバラが死んだ場所。
その後ニューヨークに寄った。そこで、三分間ぐらいの映像を繰り返し繰り返し流していた。
半分は大津波、残りの半分は原発事故。100回は見た。日本は滅びる、と思った。

ところで、人生でラッキーだったのは、世界史の転換点に出会ったことだ。

初めて外国に行ったのは、1985年の東ベルリン。
そこで向こうの友人から
「ソ連の指導者が変わった(ゴルバチョフになった)から、変わるかもしれませんよ」
と聞いた。
ソ連崩壊はその6年後だった。


みなさん、政治体制にはおおきくいって二つある。連邦制と中央集権。
連邦制は、一番基礎の単位に決定権がある。
また、1988年のユーゴスラビアでは、「サトウ、内戦が始まるかもしないよ」と言われた。
ユーゴスラビアは一旦内戦が始まれば滅びるしかない。
その言葉の通り、内戦によってユーゴは大解体、ズタズタに、憎しみにあふれた状況になった。

対する日本は中央集権。近代戦争をするためのシステム。

さて、話を戻すと、1988年6月、世界中何かが変わってもベルリンの壁は決して落ちない(今後70年)と、理論家はいっていた。
しかし、1988年10月東ベルリンにいて「変わるんじゃないか」と思った。
でも、その直前まで分からなかった。

学生運動の時もそう。学生なんて政治に動くわけがないと直前まで思っていた。

フィリピンの民主化、マルコス政権が変わるときは「あっという間」。変化は起きるまで外側から見えない。

東ドイツを見て肝に銘じたのは、どんなに理想を持って社会を作っても、上からトータルプランを持つのはあやしいと感じた。
そこでアーレントに引かれた。

プラトン以降の政治哲学は設計図に基づいている。計画があってつくる。
本当にいいのか?

最初にこうするべき、という設計図を最初に出すのは疑問。
societyの訳語は、交際、付き合い、だったが、そうもいかないので、「社会」と訳した。
以前は世間・世の中だった。

30才若い先生が自殺してしまった。その人が
「僕らの世代には社会という観念はない」

といった。
「これだ!」
と思った。
高橋さんが国民主権、といった。15才の時に私もそう思った。しかし、そのことと今の大学生との間には大きなギャップがある。
大学生に
「私たちが主権者だと憲法にある。君たちが主権者だと思う人」
と尋ねると手を挙げる生徒はゼロ。
今現在、学生に「主権意識」はない。ヨーロッパで社会はどう成立したかを考えると分かる。

ギリシャ
財産や身分に関係なく、「自由になった人」その条件を持つ者が市民として共同体を形成するのが社会。

近代
近代社会は
?社会契約論(財産権の保障<富の蓄積を認める>)=こちらは経済的利益→経済主権

?市民社会(市民の側に主権)

?と?が混同された結果、結局金の問題になっている。金に翻弄されているうちは、それに振り回されたまま。

市民社会とは?原点を取るとき、

A,経済的共同体
B,政治的共同体

この識別が必要。
ハーバーマスを含めて信用できない。
経済的調停ができると思っているのがダメ。

(大学教授も年俸制になって退職金がなくなる。)

金の問題に合意はない。金に合意点があるかのように考えるのはダメ。ハーバーマスがそのいい例。

新自由主義的である限り、「社会」はありえない。

ソーシャルというのは、困っている人、弱者を協力して助ける、ということ。
ソーシャリスト、ソサイエティーもそこからきている。

言い換えれば、自分が自分の人生・集団の決定者でなければ、そこに社会はない!!

助け合いの運動のないところに社会はない。
自己決定がないところに社会はない。

自分が主権者、主人公である、ということだ。

今、?橋先生と議論すべきところでもある。
つまり、「国民主権」の限界性を意識しつつある。

国民て何?もうそれが自明ではない。

今、孫がハーフ(ではなく今はダブルという)で、ドイツでも日本でも差別された。その結果彼女は、絶対に二つのアイデンティティを捨てない、といっている。
(成年時にどちらかの国籍を選ばなければならないが、選ばない、ということ。そのために捕まっても!)

どういう意味で国民を成立させ、それを積極的につかえるのか?

かつて、経済的に成功してきたから、日本人であることは利益があった。
たとえば、外国で「私は日本人です」といったとき、お金持ちだからいじめるのをやめよう、となる。私たちは日本人であることによって利益を得てきた。

社会主義が最悪だったのは、国家単位だったということ。
社会主義が最良だったのは、国家の中の人の生活を保障しようとしたこと。

ユニクロの柳井社長は、これからは1億円稼ぐ人と100万円稼ぐ人に分かれる、といっている。つまり、グローバル社会の格差を前提としている。

話を戻すと、「社会がない」「主権者ではない」学生と、私の決定的な才は、将来が保障されているかどうか。
人々が生活する安定的基盤を奪うのが新自由主義である。


ここから先は異論があるかもしれない。

経済は人の心を左右する。翻弄する。2億円あっても、10億円あっても。
なぜ、誰もそれを問わないのか?

私は、福島県の(底辺校といわれていた)言わせ農業高校訪問によって人生を変えられた。以前から、ジェンダー意識の聞き取りなどで成績上位の進学校は訪問していた。しかし、成績下位の学校には行っていなかった。今は<普商工農>という高校の序列がある。
そこで、岩瀬農業高校にいってみた。

これが凄い学校だった。専業での農業後継者は数名しかいない。だから、農業者を育てるということではない。そこで行われていたのは、

生活自立のための教育、自分で生きていく力をつくる教育

だった。自分でならった技術や知識を下級生に伝える。そこでは自己肯定感をつぶされていた者が、解放された。

二度訪問したが幻想ではなかった。

私は昔から、6才の時初めて今の連れ合いに出会って、今は仲良く別居している。
15才で「結婚してください」といった。料理ができないと離婚できないから、一生懸命彼女にならった。そうしたら、28才で「今日の料理」という番組に出演した。
しかし、40才までは「お父さんの料理」にすぎなかった。しかし、2000年からアメリカで暮らしたとき、アメリカの田舎は料理がまずい。怒り狂って自分で作った。そこから「おかあさんの料理」になり、自己肯定感が高まった。

自給自足ということ。家があって、自炊ができれば生きていける。

10万円で田舎暮らし?
40万円で都会暮らし?
これは選択の問題。

ここで問題。

ハンナ・アーレントは「プロパティ(property)」という概念をいっている。

アーレントの考えは、本を読んでもなかなか分からない。「私的所有」についての考えはなかなか分からない。

私有財産は「盗み」だと考えていた(注:誰が?アーレントが?昔?一般的に?不明。)

プロパー→自分の、自分固有の

自分が自分でいられるために必要なもの=「プロパティ」

Propertyとwealthの違い

Property 財産、所有物。→人間が人間として生きていくための条件

Wealthは富、財産。→金を際限なく蓄積する方向(アダム/スミスはこっち)

それはこういうこと。
例:帝国ホテルでずっと暮らしたいか。

人間は自分の生きる空間を自分でしつらえたい四級がある。
Wealthがあれば、ホテル暮らしができる。それは最良の空間として提供されたものではある。
しかし、Property、生きる条件がなければ暮らせない。


そして、近代はPropertyを奪う社会。そして、Wealthにますます依存する仕組み。

私はこのことをガンディーから学んだ。

チャルカや塩の行進でなぜインドはイギリスから独立できたのか?

この理解に時間がかかった。

本当に社会を変えるには、4億の人々が社会の主人公だという意識を持たねばならない。人間としての誇りの最原点を示したのがガンディー。1929年世界恐慌の翌年に、1930年塩の行進、である。

21世紀はグローバル化した時代であると同時に、コントロールできない時代。

技術者も想定外のことはコントロールできないと知っている。
金融や資本は国民国家レベルではコントロールできない時代。
つまり、計算可能性が限界。
70億人は人間には数えることすらできない。

分からないことだから黙っちゃう。
そして支配者の言葉を内面化してしまう依存。

その状態は、Propertyを失っている、といえる。

金を求めるWealthではなく、私たちは私たちの生活を自分たちで作り上げていくことが必要。
べてるの家という統合失調症の治療をしているところの話が参考になる。
症状を認め合い、語り合い、暮らしていこうじゃないか、という、病気と共に暮らしていく道を始めている。

Eテレのハートネットで、知的障害の女性の番組をやっていた。
売春の多くが知的障害者
「おまえは(一人で生活)できないだろう?やってやるよ」
と命令する。本人は自己肯定感がなくなっていく。
その結果、売春から抜け出せなくなっているということが起こる。

施設に入所した人に、日常生活の自立ができるよう自己点検させる。すると、自己肯定感が増え、自分の生活は自分でできるようになる。

すると、自分で断れるようになる。

以上のことから、権力者が政治を変えるのではない、みなさんが生活を変えることだ、ということが分かる。

たとえば、結婚しない人が増えれば、不登校が増えれば、社会は変わらざるをえない。
国家や市場に振り回されているうちは、変わらない。

(以上)
高橋哲哉さん講演(エチカ福島第3回セミナーより)
のメモです。
例によって個人的なノートにすぎません。
間違いを含んでいますので、あくまで個人的なメモとして。

せひ、後ほどupされる佐藤先生の講演、その後のお二人の対談、そして海上とのやりとりとあわせてご覧ください。

----------------------------------------
個人的なことから始めたい。
「原発事故は日本社会を変えたか」
というテーマについて、私はずっとこの問いを持ち続けている。3.11のとき
「もしかしたら変わるかもしれない」
と思った。福島県全体が無くなってしまうかもしれない。いや、日本がつぶれてしまうかもしれないという恐怖があった。

日本社会が変わらざるを得ないのではないか?

菅直人が、当時首都圏3000万人の避難をシミュレートしていた。しかしそんなことはできない。国としての機能が麻痺してしまう。背筋が凍った、述懐している。

(そういうことをふまえてみれば)

変わる可能性があった。

その後、政府、東電の記者会見をみると、うまくいっていない。どうにもコントロールできていないにも関わらず、「直ちに影響はありません」とか、事実と違う話がでてくる。

安全神話があったが、いや神話ではなく、大丈夫だといわれていたが結局

「原発は安全だ」
「絶対事故は起こらない」

が嘘だったんだな!
ということが誰の目にも明らかになった。国民に嘘をついていた。いよいよ日本が変わるんだな、変わるんじゃないかな、とおもった。

しかし。

私自身、3.11以前はやはりつきつめて考えてはいなかった。安全神話を信じてはいなかったが、油断していた。
これは脱原発だ、と思った。本を書いた。
実際、2030年代には原発ゼロということが政府の方針にも入った。

しかし、今トルコ・インド・ベトナムなどに原発を輸出入し、再稼働を認め、2030年度の原発ゼロを白紙撤回し、増設さえ認められるということになろうとしている。
また、3.11直後、今回の悲劇にもかかわらず、経産相内部では、原発維持の文書を作っていたことが明らかになった。

本当に原発は犠牲のシステムだな、と思う。

第一に作業者の被爆の問題がある。
十万年間危険な物質を扱わねばならない。

にもかかわらず従前通り増設まで認めるという。

これは政府に「福島は犬死に」だったと宣言されたといっていい。
そういう意味ではエチカ福島の第3回テーマ設定趣旨に賛同する。

絶望・あきらめがひろがる。
怒りはあるがしかしどうしようもない。

こういう状況がある。生まれた土地のことでもあり、他人事ではなく分かる。

しかしですね。

これであきらめてしまうとしたら

「あきらめが早すぎる」

あきらめてはいけない。

「少なくても私はあきらめない」

最後は一人一人が問われる。

ここであきらめるかあきらめないかは、
「日本社会への希望」
の問題です。

ここで、社会と国家が必ずしもイコールではないことを指摘しておきたい。


しかし、日本では、政策を進める「国家」の政治によって「社会」が受ける影響が欧米に比べてつよい。

(注:市民社会としての「社会」の力が弱い、ということか)

(国家に対して社会が弱いと言うことでは)
農村部が弱いようにも見えるが、都市部でも大して変わらない。

つまり、社会が国によって支配されてしまう、ということ。

国が変わらないといけない。

「あきらめるのはまだ早い」

実は、社会が変わるかも、と思ったのは初めてではない。

初めて社会が変わるかも、と思ったのは中学校三年生の頃。

「憲法と違うようにこの国は動いているんじゃないか」

とおもった。

国民主権・基本的人権・平和主義

という3つの原則からズレている。

一つには選挙の時結局「お金」「利益誘導(田中角栄が典型例)」で動いている。
もう一つはかつての敗戦に至るまでの政治家の認識。当時は(憲法に反する)モンダイハツゲンで閣僚が辞職した(今はもう違うが)。

なんでこんな変なことをいう人がいるんだろう?
しかしこれはまだ新憲法になって時間が経っていないからいずれ時間が経てば変わるだろう、と思った。そのことをよく覚えている。

しかし、変わらなかった。

二つ目は1990年、従軍慰安婦の肩書き名乗り出た。この時も変わる、と思った。私は生き証人が出てきたんだから、もうおかしな発言はなくなるのではないか
。日本は戦争責任についてはっきりしなければならないのではないか、と思った。

そのときは逆の展開になりましたが。

三度目は、政権交代のとき。
沖縄問題、対米従属の見直しなど、国民の多くが自民党を見限った。
これで日本は変わるかもしれない、と思った。

しかし、結果はご存じの通り。

要するに何が言いたいかというと、

「日本社会は、なかなか変わらない、変わりにくい国だ」

ということ。

90年代にバックラッシュがあった。それは歴史問題。

到底黙っていられない、と思った。
もちろん自分一人に何が出来るか?
(ということはある、しかし)
自分で言えることを言っていこう、社会を、国を変えることにはならないかもしれないけれども、変えたいと思ったらやろう。
そう思ってやってきた。

そういうふうにしてから20年、日本は最悪の状態だと思う。

ただ、にもかかわらず、あきらめない、と申しましたし、あきらめるべきではない。

(確かに)社会を、国を変えようとする力が弱い。それは、いろいろあるが、たとえば

福島を例にとれば、想像を絶するものがあっただろう。悩み、苦しみ、不安、いろんな形でそれぞれに苦しい時間を過ごしてこなければならなかった。
それはよーーーーーく分かるんです。

けれども、福島はこの事故を経験することによって

「責任を負ってしまった」

とも思う。

原発とは何か?
誘致はどんな問題を含んでいるのか?
事故が起こったらどうなるのか?

福島の証言者として、日本に、世界に責任を負っている。極端な言い方をすれば、使命を負わされた、ということでもある。

もし
「東京にいてきれいごとをいうな」
という方がいらっしゃったら、あとでいってくださいね。

いずれにしてもチェルノブイリ級の世界史的な事故が起こってしまった。

まず、健康に生き延びること、これが一番です。
そして次には

ふりかかってきた問題について

社会化・世界化・普遍化

する責任を背負った。


今回の趣意書P2の下にはいろいろ考えさせられる。

「無関心」「政府もしてくれない」
「自分に何が出来るんだろう」「無力感におちいる」

では自分はこの二年間何をしてきたのか。
大変な状況ではあった。それは確かにそうだ。

しかし日常に戻ってきた。
もしそうだとすれば何かできることはないのか?

むしろここから始めることがあるんじゃないか。

(私は)『犠牲のシステム福島県 沖縄』という本を書いた。
「犠牲のシステム」とはどういうことか。

戦後の沖縄は在日米軍基地を日米安保体制(最近は日米同盟と呼ばれているが)の下で負担してきた。おかげで平和だった、と考えてきたが、沖縄はスケープゴート(犠牲の羊)になってきた。責任を沖縄に背負わせてきた。

国土の0.6%の沖縄に、全基地の74.8%が置かれている。

アメリカと日本政府の判断でそうなった。沖縄戦て20万人が死んだ。、もっとも厳しい戦闘の末、結果としては切り捨てられた。(つまり)アメリカに占領され、それ以後、サンフランシスコ条約で施政権をアメリカに渡した。
その後、本土並の復帰を希望したが、本質的には変わらないまま今日にきた。
本土が受けるべき負担を沖縄が負担するその事実を日本人(ほとんどが本土の人)は8割肯定している。沖縄で支持しているのは10〜20%。

そういう場所に置かれている。これが不平等だ、差別だ、という考えが(沖縄において)強くなっている。

今世界で一番危険な基地である普天間を本土に移設して欲しい、と41町村長は、首長・議会ともに、総てが賛成し、建白書として政府に手渡した。
県外移設希望と、それからオスプレイ配備反対ですね。

安倍政権は一顧だにせず、辺野古移設しようとしている。
今この年末、ものすごい圧力が沖縄にかけられている。
今年、「沖縄独立学会」が立ち上がった。

なぜ沖縄の話をしているのかというと、県がまるごと憲法の人権から疎外されているのは、沖縄と福島だ。

もちろん全国的に人権は疎外されているが、沖縄と福島は憲法番外地だ。

沖縄ばかり70年続いている。
それでも、あきらめてはいない。
絶望しているかもしれないが。

福島県の首長と議会が全て政府につきつけたらどうだろうか。

訴える方策かといってもわからないという話もあった。確かに簡単には変わらない。
日本は本当に変わらない。

しかし、あきらめたら終わり。

あきらめるには早すぎる。沖縄は70年間も闘ってきていますよ。
率直にそう思っている。少しでも国を、社会を変える方向に考えるべきではないかと思うのです。

あきらめてしまえばそれで終わり。
自民党の憲法草案をみると、本当に変わらないな、と思う。

けれども、そこまで行かれてしまうと大変。

絶望・あきらめは、全部ジブンノウンメイヲ政治ににぎられてしまうことになる。
政治に無関心になることは政治に依存することになってしまう。安倍に任せればどんどん進めてしまう。

無関心は依存だ。

ヤスパースがドイツの敗戦後にドイツ人として自らの罪を考えた。

罪の問題は

1刑法上の罪→裁判で問われる
2政治上の罪→政府を作り出した国民の集合的罪
3道徳上の罪→1,2には中らないが相互批判するべき罪
4形而上の罪→人間の判断を超えた、神の前で問われる罪

政治的な罪について、為政者のやったことに国民に責任があるということについての反論に答えて、ヤスパースは再反論して言っている。


「近代国家においては、埒外ということはない」

知らなかったといっても、山奥にこもって修行していた、といっても、国のシステムと無関係ではありえないということだ。

今の日本社会で国の政策と無関係に生きている人はいないでしょう。
なにも日本を強調するつもりは無いけれども、日本の有権者として、責任がないとはいえない。

(以上)