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 「エチカ福島」を立ち上げた理由。

震災から2年が経とうとしている今、イベントを企画し、セミナーをやろうとするのはなぜなんだろうか。

言えることは、発信しなければならない、という思いが強くなった、ということだ。
やるなら自分で、とも思う。
だが、自分が発信しなければ、という風には思わない。
だって、私はそんなに伝えるべき豊かな情報を持ち合わせているわけではない。

ただの退職間際の高校の国語教師です(苦笑)。
震災体験を振り返ってみても、それほど苛酷な経験をしたわけでもない。
勤め先はまだプレハブ校舎で、被災中、という意識はなくなることがないけれど、特別それが大変だとは思わない。

そういう意味でいえば、もっと深刻な状況で、切実に発信しなければならない必然性を抱えた方は他にいらっしゃるはずだ。

なぜ、今「エチカ」なのか。
「エチカ」という名前はスピノザの主著『エチカ(倫理学)』から拝借した。
スピノザの考え方が、今福島で思考し行動していくときに頼りになる、と直観したからだ。

社会的にしつらえられた様々な基盤が一挙に自然によって引き裂かれ、道路も水道も電気もガスもない状態になったところに、原発事故が起こって放射能汚染という未曾有の、目に見えず(当時は)計測すらままならない「災害」に直面したあのとき、私たちは、今までの行政や政治、社会的なシステムでは到底「間に合わない」という経験をした。

社会的なシステムの裂け目から、「自然」がぬっと顔を初めて覗かせた、そんな印象を持った。

津波も地震も、巨大な衝撃を私たちにもたらした「自然の猛威」に他ならなかったが、それにもまして衝撃であり、今も私たちを根底から規定しているのは、原発事故による放射線の問題だ。

今までのような社会システムが、とうてい十全に機能し得ないような課題が、私たちの目の前にある。
政治も行政も、今まで私たちが依拠してきた文化や習慣、土地に根ざしたシステムの全てが、安定した基盤を失ってしまった。

さてしかし、そういう極めて不透明で、簡単には答えの見つからない現実の中で、私たちは生きることになった。

では、どんな風に生きていきたいのか?

一人一人が自分自身に問いかけることから始めなければ、何もできない、そんな場所に立たされている。
住み処の連続性さえ脅かされ、土着的に生きようとしてもその「土地」も放射能に脅かされ、かといって、どこか別の新天地に希望ある未来が開かれているのか、といえば到底そうは言えない。

そこでは、「たった一つの冴えたやりかた」を「本来的なものとして」求めることは、確実に自分を不自由にするだろう。
とにかく、自分に与えられた可能性条件の中での最良の解を求めて、自分の力を十全に発揮できるように歩み始める以外に、私たちができることはそう、多くないのだ。

そのとき、参照されるべきはこの「世界」そのもの、いいかえればあの「社会的」な制度や基盤の裂け目から顔を覗かせた「自然」そのものだろう。
なぜなら、そこにこそ私たちが敢えて受け止めて生きようとする前提が見えるからだ。

答えは一つに収斂することなどないに違いない。
だが、私たちは大震災と原発事故を目の前にして、ただバラバラで無力なモノとしてだけ生きるわけにも行かないだろう。

どう生きればいいのか、から、どう生きたいか、へ。

世界が指し示す「生の可能性条件」の限りにおいて、十全に自分の生命力を発揮する「生き方」はどのようなものなのか。

それを共にあきらかにしていきたいのである。
コメント
まだ使い方が、よく分かっていません。
ぼちぼち慣れて行きます。
  • by foxydog
  • 2013/02/07 1:46 PM
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